代表作『山と食欲と私』は累計150万部を超え、コロンビアとも数多くのコラボレーションしている漫画家・ 信濃川日出雄さんが家族とともに東京から北海道へ移住し、自然に囲まれたアウトドアな日々を綴る連載コラム。前回の憧れの薪ストーブ生活の続きとして、奥深い「薪割り」と「薪集め」についてお届け。
※この記事は、CSJ magazineで2021.1.14に掲載された「地方暮らしに憧れる人々に贈る、東京→北海道移住エッセイ OPEN THE DOOR No.5」の内容を再編集し、増補改訂したものです。(着用ウェア、掲載商品は取材当時のものとなりますので、一部取扱がない場合がございます。)薪も割れないヘタクソ
前回、薪ストーブを家に導入するまでを書いたが、その続きである。 薪ストーブ生活は、寒い冬に火を焚き暖まるだけではなく、薪の確保や薪割り、乾燥など、1年を通じて行うもの。春から秋は野外で作業することも多いのだ。今回は「薪割り」、そして「薪集め」について綴ってみたい。 パカーン!
斧を振り上げ気持ち良く薪を割るシーン、経験をしたことがない人でもイメージできることと思う。
子どもの頃は田舎暮らしだったものの、薪には縁がなかった私。実家は灯油ストーブだったなあ。冬、屋外のドラム缶から灯油をくむのは自分の係。あの寒さ、タンクの重さ、油の匂いを今でも思い出す。
そして便利なエアコンに憧れて。学生時代から上京、都会生活ではエアコン様様でイヤというほど便利な生活に浸り、そこから一周回ってちょっと向こうに通り過ぎ、薪ストーブに恋い焦がれた。
いよいよ初めて薪を割る機会に恵まれたのは、北海道に移住したあとであった。
家の建築と薪ストーブ導入を検討していた頃、札幌市の某所で開催されていた「薪ストーブのイベント」を訪れた。
野外での開催、季節は初夏である(冬ではない!)。
薪ストーブの販売や設置を行っている専門の会社が主催しているもので、薪ストーブ本体の実演販売をはじめとして、薪ストーブ周辺で使う火バサミなどの道具や装飾品、調理器具、それらのアウトレット商品の販売であったり、薪ストーブで焼いたピザを味見できたりする。さらに「焚きつけに使う白樺の皮の詰め放題」や「薪1立方メートルが当たる抽選会」なんてのもある。
寒冷地ならでは。こんなイベントもあるところにはあるのである。
薪ストーブは実用品であり、趣味の世界でもある。
趣味人たちが集まり、和気あいあいと。平和そのものの。今でも毎年楽しみにしているイベントだ。
ここに「薪割り体験コーナー」があった。勇んで参加した。
初めてのその時、最も覚えているのは「怖かった」ということ。 斧は極めて強力な刃物である。
握った瞬間、とてつもない力を手にしたことに怖くなる。
頭上に振り上げ、振り下ろす。
それだけなのだが。
これを思いっきりやるのには、少し勇気がいる。
腰が引けて、ビビって腕に変な力が入る。
さあ、えいっ、こんな感じかなっ、と振ってみる。
パコスっ。
なんと力のない中途半端な音だろう。
薪の芯に、斧の刃がちゃんと当たってない。
なんだかズレた変な場所に中途半端に食い込み……、いや、食い込むならまだましだ。刃先2, 3センチかすったか、上っ面を叩いただけで刃が食い込むことすらなかったか。
ただし、当の本人はそれなりに割るつもりで斧を振っているわけである。
だが、さっぱり薪は割れてはくれない。
音も割れ方も中途半端なのは、自分が中途半端だからだ。
なんとなくやるだけではダメなのだ。しっかりとうまくやらないと、割れない。
今度はもうちょっと力を入れて、もう一回振ってみる。
パコスっ。
割れない。
今度は多少は刃が食い込んだが、そこで止まってしまった。
やれやれもう一回だ、と食い込んだ刃を引き抜こうと……
あれ? 抜けないぞ。
斧を持ち上げると、重い丸太が刃先におまけについてくる。餅つきじゃないんだから、もう。
こんなはずじゃなかったと思いながら、抜き取るのに四苦八苦。
作業が全く進まない。
刃を抜くのにもコツがあるのだが、その時は何もかもができない。
中腰になり丸太を押さえつけ、斧を引っ張ってグイグイやっていると汗が出て息があがり、腰が痛くなる。
力任せに前後左右に振り回し、はあぁぁ、やーーっと刃が抜けた! はぁはぁ。
こんなことで疲れていたら、いつになっても薪なんて割れないぞ、さぁ……もう一回!
重い斧を振り上げて、今度こそ!
パコスっ。……あれ!? またダメだ、どうして割れないんだ?!
また刃が食い込んでるし。
ぐぬうぅ、抜けない! グイグイグイグイ。はぁはぁ。腰イタ!
割れない抜けないグイグイはぁはぁひぃひぃ。
思ってたんと違う!
たった1本の薪を割るのに、汗だくでヘロヘロだ。大の男がまぁみっともないこと。
こういうのをヘタというのだ。
妻にはスマホで動画を撮られる。「ひゃっひゃっひゃ」と笑っているではないか。
くそー。
自分のダサさに自分でもウケる。
たった1本でもこの調子だ。実際には大量の薪を割らねばならない。
こ、これは……大変だぞ!?
────さて。
あれから何年も経ち、今では涼しい顔でパッカンパッカンと得意げに割っている自分だが、最初はこんな感じだったのだ。
もちろんコツがある。
半日も斧を振っていれば、誰でもそれを身につけて、みるみるできるようになる。
あとは数をこなせば、一連の身のこなしが自然とできてくる。
それだけのこと。
食い込んだ刃を抜くのも、テコの原理を使えば力はいらない。今ではスッと。
難しいことではないのである。
が、未経験ってのは面白い。最初は簡単なことがわからないわけである。
理想と現実の違い。
これがわかっただけでもまず1つの成長。
そして、やってみてできるようになると面白い。これが2つめの成長。
3つめ。やがて当たり前の日常になると────……、飽きてくる!
ここからが単なる憧れだけでは済まないリアル薪ストーブ生活のスタートである。 そう、実は本当に書きたかったのはここから先の世界だ。
薪割り“なんてもの”は、薪ストーブ生活の全体からみたら、一番簡単で上澄みみたいなもんでしかない。雑に例えれば、たまのストレス解消にバッティングセンターでバットを振り回すのと大差がない。
派手でわかりやすく薪ストーブ生活の象徴的な作業だが、全体から見ればごく一部である。
もっと大変な作業が、その影にたくさんある。
一冬で車一台燃やす
さあ、薪をどうやって集めようか。と、その前にまず薪の消費量の話をしよう。
これは個人差が大きいので、一概には言えない。使用頻度や、ストーブ本体の性能、そして薪のサイズや種類など様々な要因で決まるので、あくまで我が家のケースだけで語る。
我が家は「だいたい真冬の1ヶ月あたり1立方メートル必要」、これが目安だ。 ちなみに、キャンプで使用する薪は「1束」単位で考えるのが普通だと思う。一方、家に備え付けで使うヘビーデューティーな薪ストーブの場合は単位が異なり、「1立方メートル」が基本単位となる。
冬が迫り、薪ストーブに火を入れ始めるのがだいたい10月。
徐々に使用頻度が増え、12から3月の真冬はガチで焚きまくり、4月→5月は徐々にチョロチョロ、6月でもつけることがあるかも、くらいで夏となる。
つまりなんだかんだ平均して、最低でも約5ヶ月分=5立方メートルの蓄えがあれば、安心して冬を迎えられると考えている。我が家の場合はこんな具合である。
5立方メートル。
イメージしていただきたい。
1メートル×1メートル×1メートルで、1立方メートルだ。
これを5つ。
結構な物量感ではなかろうか。
例えると、軽自動車1台みたいな感じだ。
冬までの間に、軽自動車まるっと1台と同じだけの存在感の薪の山を冬までにこしらえて、棚に並べて乾かしておきましょう、これが365日の宿題です、というわけである。
(ちなみに、割ったその年に焚くのは乾燥が十分でなく、よくないとされている。できれば2, 3年の乾燥が望ましい)
はい、本筋に戻る。
どこからそんな大量の薪を集めてくるのか。
あなたなら、薪を毎年5立方メートル、どう工面する?
山を所有していれば、伐採=薪となるからシンプルで良いのだろうが、自分の場合はそうではないし、そんな人の方が多い。
様々なルートから集め、時には購入もして、毎年やっと冬に備えるわけである。
いざ実践、北海道薪ストーブ生活! である。
薪1立方メートルのお値段は?
薪の入手ルートは様々である。一番確実なのは購入。が、できるだけ避けたい最後の策であることはもちろんだ。
クイズです。
しっかり乾燥したナラなどの広葉樹の薪・1立方メートルあたりのお値段は──!?
答え(※)は記事の最後に。
ざっくり言って、そこそこのお値段になる。
いやいや、お金があれば楽ができるぞ、とそういう考え方もあるでしょう。
いざ冬になってあぁ今年は薪集め忘れちゃった。てへへ、エーイお金で解決だポチッとな、なんてね。
でも、この世界はそう都合よくはいかない。
実際には冬どころか、秋になって買おうと思っても手遅れなのだ。遅すぎる。
「上質な薪が確実に手に入る」わけだ。購入するユーザーは結構多く、人気が高く競争がある。
買うのなら春のうちに冬のぶんの予約をしないと必要なだけ買うのは難しい。
プロが選んだ良い木を、ちゃんと割って乾燥させてあって、家まで届けてくれて、さらに棚に積むところまでやってくれるのである。良いお値段でも相応だ。仕方がないと思える。
ここが毎年、冬が終わると同時に頭を悩ませるポイントである。
今年は買わずに自力で集めることができるか?
出来なさそうなら、春のうちに予約するしかない。
もし春の段階で今年は購入しないと決めたのなら、何があっても冬までに自力で薪を集めなければいけなくなる。
冬が終わった時点で、もう次の冬の心配が始まる。
我が家では購入した薪のことを「上モノ」、その中でも、購入後3年以上経って最高に乾燥しているものを「ヴィンテージ」と呼んで珍重している。
お客様がくる時とか、ピザを焼こうとか、ここぞという時にしか焚かない。ワインかウイスキーか。風格すら漂ってくる。
また話がそれた。ごめんなさい。
入手ルートの話に戻ろう。
これまで我が家は、“保険”として多少は購入に頼ってきたものの、メインとしては主に3つのルートから手に入れてきた。
・1つめは、土地の雑木を伐採したもの
・2つめは、大工さんがくれた端材
・3つめは、誰か・どこかから無料でもらってきたもの
である。 土地の木は、山の土地を買ったゆえであろう。
実はチェーンソーで木を切り倒す経験も、ここで初めてしている。
自分の土地で木が手に入るのはラッキーだ。
しかし、山1つ持っているわけではないし、土地が広大なわけでもない。
田舎の土地で、雑木がちょっと生えてる場所。ぼちぼちなもんだ。
切るべき雑木はこの6年でほとんど切ってしまった。もうないのだ。
だいたい15本は切っただろうか。
自分の技量では手に負えない大木をプロの業者さんにお願いして倒してもらったこともある。
いま残っている木は、今後も残したい木だ。
さぁこの先どうしよう。
大工さんとウィンウィン
次に「大工さんがくれた端材」について。大工さんと良いお付き合いができると幸せになれる。
ある日電話が鳴る。
「端材、いっぱいあるんですけど、持っていきましょうか?」
「え!? 全部ください!」
大工さんが天使にしか思えない瞬間だ。 トラックいっぱい。ドバーッと端材の到着だ。
端材とは、家の建設の際にでた不要な木材のことだ。
これが非常に良い薪になる。製材されているものは、乾燥がしっかりしていて、よく燃えるのだ。
松や杉など針葉樹が多く、細い材が多いのですぐに燃え尽きてしまうのだが、着火しやすいので焚きつけにぴったり。
ナラ類などの火持ちの良い広葉樹の太い薪との組み合わせ技で、素晴らしい燃料になるのである。
大工さん側にもメリットがある。
事業ゴミである端材を処分場に持ち込むと、かなりの費用がかかるという。
だから、誰かにもらってもらえるのなら、ありがたいのだ。
現場の帰りにトラックに積んで、我が家の前で下ろしてもらう。
それをこちらは頂戴して、冬の燃料にする。
美しきかな、資源の活用である。
一応、触れておくが、端材はちょっとロマンがない。
薪ストーブに端材を放り込んでいると、焼却炉で作業しているような気分になる。
だがしかし端材も観察してみると面白いことだらけだ。
梁に使用された材の切れ端を見ては「わーー、家を支える木ってやっぱり良いのを使うんだねぇ」とその重厚さに感心したり、柱や根太や床板などなどを見ては「この床板、良い色だなぁ」と参考にしたり。それぞれいろんな種類の木を手元で観察できて楽しい。DIYが趣味である私、使える材はそこから利用させてもらったりもする。
木が好きな人にはたまらないであろう。
さあ、そして3つめのルート「誰かから無料でもらってくる」。
薪ストーブ生活の核心部はここだと思っている。
薪を他人様からいただくこと。ご縁と運、執念と行動あるのみ。現地に行ってみなけりゃわからない。軍手とチェーンソー、ビニールシート、それから手土産を車に積んで、出かけるときのあの気持ち。
どんな人が待っていて、どんな場所で、どんな種類の木をいただくことになるのか。
ワクワクドキドキの大冒険だ。
この話は次回に送りたい。
ぜひ次回もお楽しみに。
つづく
プロフィール
漫画家。代表作は『山と食欲と私』。
2001年よりプロ漫画家デビュー。2015年から新潮社「くらげバンチ」にて連載をスタートした『山と食欲と私』が累計150万部を超え、現在も好評連載中。PR企画やグッズデザインなどにも積極的に参画、コロンビアとも多くコラボレーションしている。
Text, Photos:信濃川日出雄