これからの寒い季節、アウトドアウェアに要求されるのは、なんといっても“保温力”。世の中には「暖かさ」を売りにしたウェアは多いものの、なぜそのウェアが暖かいのか、そもそもどういうウェアが暖かいのか、しっかりと理解できる人は案外少ないのではないでしょうか。しかし、その理由さえわかれば、冬のフィールドでも寒さを感じない、間違いのないウェアを手に入れられるはずです。
コロンビアでは“Iwase塾”というアウトドアウェアに関する社内勉強会を定期的に開催し、素材やデザインといった基本的な話からウェアの歴史に至るまで、幅広い話題がいつも展開されているといいます。今回、その“塾長”であるコロンビアアパレル商品部の岩瀬英祐さんに、山岳/アウトドアライターの私・高橋庄太郎がたっぷりとお話をうかがってきたのは、ずばり“保温力”。秋冬のウェアにはもっとも重要な機能ですが、各種防寒着にどのような違いがあるのかは、意外と知られていないようです。機能性が異なる3つの「保温力が高い」ウェア
高橋:だんだん寒くなってきて、僕は新しいアウトドア用防寒着を探し始めました。今年はなにを買おうか迷いますね。タイプもいろいろあるし……。 岩瀬:防寒着は大きく分けて、3種類ありますね。フリース、中綿が合成(化学繊維)のインシュレーション、中綿がダウンのインシュレーションとなります。 高橋:それらがどのように違うのか、改めて教えてください。 岩瀬:では、はじめにフリースから。フリースは基本的に表地や裏地がなくて、起毛した生地そのものだけです。生地だけでデッドエアー(「とどまる空気」の意味。この空気が人間の身体を寒さから守っている)を溜め込まなければいけないため、温まった空気を保有し続けるのはちょっと苦手なのですが、通気性がよいともいえます。 高橋:フリースはレイヤリングによって、保温力が変わりますよね。 岩瀬:そうなんです。アウターとしていちばん上に着ていると暖気が逃げるので安定した保温力は発揮できないのですが、暑くなりすぎることはありません。一方、保温力を高めるのであれば、暖気をキープできるように防風性があるアウターを上に重ね、インナーに近い着方をすればいいのですよ。アクティビティ向け、タウン向けで異なるフリースのタイプ
高橋:フリースはカジュアルなイメージがあり、街着としても人気です。そんな中、アウトドア、とくに登山向けのタイプはどのようなものになるんでしょう? 岩瀬:毛足が長くて軽量なものは保温効率が高く、嵩が高いわりに収納時は小さくなります。軽くて携行性がいいので、ハイクなどのアクティビティに向いています。 高橋:乾きが早いのもフリースのよさですよね。 岩瀬:毛足が長く、隙間がたくさんあるタイプは、空気に触れる部分が多くなります。それがイコール、濡れたときでも早く乾くことにつながる。こんな特徴も汗をかきやすいアクティビティに適しています。 高橋:汗が早く乾けば、汗冷えの防止にもなりますね。実際、冬山でフリースを着ているとどんどん水分が発散されていき、蒸気を上げて乾燥が進んでいるのが目でわかるときすらあります。ところで、現在のコロンビアのフリース製品で、代表的なものはどれになりますか? 岩瀬:いろいろあるのですが、例えば「バックアイスプリングスジャケット」。登山以外でも使いやすい、定番的なフリースジャケットです。 高橋:わりとオーソドックスなシルエットですね。 岩瀬:フェルトのような素材感のフリースで、密度があります。最もベーシックなフリース素材で機能も一般的です。何かに突出した機能もありません。その代わり、リーズナブルな価格です。 高橋:買いやすいですね。普段着としてはこれで十分そう。 岩瀬:無地から柄物まで、デザインもいろいろありますよ。しかもアウターシェルに連結できる“インターチェンジシステム”対応なので重宝します。 高橋:では、登山などにも使いやすいタイプは、どういうものになるのでしょう? 岩瀬:代表的なモデルは、「マウンテンズアーコーリングフリースジャケット」ですね。 高橋:どういう特徴を持っているんですか? 岩瀬:こちらはレスマイクロプラスチックフリースといって、繊維の撚(よ)り方がちょっと特殊なんです。もともとは毛足が長くコンパクトになるフリースは毛羽が脱落し易いというデメリットがあります。それが最終的に海に辿り着いてマイクロプラスチックになってしまいます。そんなマイクロプラスチックをできるだけなくそうという考えで開発されて、毛羽が長いわりに通常のフリースよりも50%以上毛が抜けにくくなっています。 高橋:すごくふんわりとしていますね! 普通なら毛が長いと絡みやすかったりして、繊維が抜けて減ってくるじゃないですか。毛が抜けないということは保温力も高いままキープされるということで、これはたしかによさそうです。進化は止まらない! 合繊綿のインシュレーション
高橋:フリースに対して、中綿入りのウェアはどうでしょう? まずは合繊綿(化学繊維)が入ったタイプから教えてください。 岩瀬:中綿はふんわりとしたシート状です。“生地”であるフリースと比べれば、“綿”なので格段にデッドエアーを貯められます。だから、保温性は格段に差が出てきます。また、フリースと違って表地と裏地が必要で、その分だけ重くなります。しかし、防風性や撥水性のある表地があれば、風を防ぎ、ちょっとした雨にも対応してくれるわけです。普通の本州の山では、行動中はフリースを着て、休憩中にこういうものを出してさらに上に羽織る、なんていう使い方が適しています。 高橋:行動中はフリースだけでも人体からの熱によって、冷たい外気とのバランスをうまく保つことができるわけですが、休憩中は人体から熱があまり発生しないので、フリースだけでは寒くなる。そこで中綿が入ったインシュレーションを重ねて、保温力をアップさせるということですね。 岩瀬:そういうことです。防寒ウェアは体温によって温められて暖かくなりますが、外気によって冷やされてもいて、そこをうまくコントロールするのです。加えて説明すると、極度に寒いときや強風のときは、さらにアウターとして防風性のシェルを重ねて外気を遮断します。すると、保温力はますます高まります。 高橋:シェルが冷たい空気を防ぐ“壁”になることで、フリースとインシュレーションの保温力が最大限に発揮されるということか。とても理にかなったレイヤリングですね。ところで話を合繊綿に戻すと、これはダウンの中綿と比べると、どう違うのでしょうか? 岩瀬:ダウンと比べるとどうしてもロフト(嵩)には限界があります。ただ、ダウンは濡れると極端に保温力が下がりますが、合繊綿は濡れに強いのが長所ですよ。 高橋:なるほど。 岩瀬:最近は環境や動物愛護などの観点からダウンが悪者になり始めていて、そのために合繊綿はますます注目されています。人工的な素材ゆえに安定して保温力も得られ、安価で作れます。それに最近はますます進化して、一本の繊維から細かな毛羽が立っているよう合繊綿も出てきているんですよ。 高橋:まるで天然のダウンファイバーのような合繊綿ということですか? 岩瀬:そう! だから、ダウンと同じように「フィルパワー(1オンスあたりの体積。一定の重さをかけた後、中綿がどれくらい復元するかを測定する)」で、その機能性を表すんです。 高橋:それは興味深いですね。 岩瀬:例えば、この「マウンテンズアーコーリングインシュレイテッドジャケット」は730フィルパワー相当の保温力。触ってみると、繊維感があるでしょう? 高橋:おお、たしかに! 合繊綿だけど、ダウンっぽさを感じます。 岩瀬:こうなると重量もダウンとほとんど変わらなくなります。 高橋:もっと高いフィルパワーの合繊綿も作れるんですか? 岩瀬:800フィルパワーの合繊綿もあり、それでもインシュレーションを作ってみましたが、730フィルパワーの合繊綿よりもちょっとつぶれやすかったんです。 高橋:なるほど、730フィルパワーの中綿のほうが、ウェアに使うには現実的だったんですね。 岩瀬:合繊綿の復元力は半端ないですよ! 収納袋から取り出すと、再び入れるのが大変なくらいで(笑)。 高橋:では、試してみましょうか……。うわ! 出した途端にボン!という感じで膨らみますね。これはダウン以上の復元力だ! 岩瀬:着た瞬間から100%の保温力を発揮してくれますよ。ダウンは復元するまでに15分くらいかかることもありますが、これはもう瞬間的です。 高橋:フワッフワだ! 岩瀬:合繊綿のインシュレーションは、表地や裏地をダウンプルーフ(ダウンが抜けない素材や加工)にする必要がないのもメリットです。ファイバープルーフ(繊維が抜けない素材や加工)状態ではあるのですが、ダウンプルーフほどの高密度の生地にする必要はない。そのために非常に通気性も良くて蒸れにくいです。 高橋:体温調整に適していますね。長袖だけではなく、「エンジョイマウンテンライフインシュレイテッドベスト」のようなベストタイプなども持っていると便利そうです。 岩瀬:合繊綿を使っているのは前身頃だけで、背中のハイロフトメッシュが湿気を逃がし、行動中でも使いやすいタイプです。撥水機能をもつ「オムニシールド」も使われていて、小雨くらいなら弾いてくれますよ。天然素材ゆえの安心感! ダウンの中綿
高橋:最後に、中綿がダウンのインシュレーションですね。 岩瀬:ダウンは、入れれば入れるほど暖かくなるわけですが、どれくらいの「フィルパワー」のものを、どれだけの「量」使っているかが重要です。 高橋:一昔前ならば、550フィルパワーもあれば十分だとされていましたが、今では1000フィルパワーなんてものまでありますね。 岩瀬:驚きですよね! コロンビアでは登山などのアクティビティのときに使うダウン製品は、700フィルパワーを基準にしています。日常用途のものは550から650ぐらいです。 高橋:ダウンには、グース(アヒル)とダック(カモ)がありますが……。 岩瀬:ダウンボール(羽軸を持たない綿毛状の羽毛のこと)が小さいダックは値段も抑えられるので「グランドトレックIIIダウンフーデッドジャケット」のように、タウンユースや旅行向けの製品に用いることが多いです。 高橋:これは650フィルパワーのダウンですか。登山でも十分に使えそうです。 岩瀬:よりアクティビティ用に適しているのは、ダウンボールが大きいグースをメインに使った「ブーローポイントIIIダウンジャケット」のようなタイプ。少量でもボリュームを出せて保温力が高く、収納時はコンパクトになりますからね。 高橋:ダウンジャケットは、表地からダウンが抜け出てきたりもして、着ているとかなり気になりますが、これは大丈夫なんですか? 岩瀬:表地は高密度のポリエステル素材で、さらにシレー加工というものを施してあります。これでほとんどダウンは抜けてきませんよ。 高橋:シレー加工? 岩瀬:生地に高熱のアイロンをかけ、熱と圧力で“目つぶし”をするんですね。それによって、コーティングしなくても、ダウンが抜け出てこない表地になります。ほかにも縦横に使う糸の密度を変えたりとか、いろいろ秘密があるんです! ともあれ、“ダウン漏れ”に関するユーザーからのお問い合わせがいちばん少ないのは、もしかしたらコロンビアかもしれません(笑)。 高橋:自信があるんですね!保温力さらにアップ! 「オムニヒートインフィニティ」とは?
高橋:ところで、コロンビア独自の防寒着のテクノロジーとしてお聞きしたいのが、グランドトレックIIIダウンフーデッドジャケットやブーローポイントIIIダウンジャケットにも使われている熱反射保温機能「オムニヒート」。裏地がキラキラしていて、初めて見たときのインパクトはすごかったですよ! 岩瀬:ウェアを着たとき、体の熱は次第にウェアに移動していきますが、オムニヒートというテクノロジーは、その熱を効果的に体にはね返すことで、暖かさを増してくれます。以前は裏地がシルバーでしたが、機能性を上げた今はすべてゴールド。以前のシルバーでも一般的なウェアよりも保温力が20%上がったのですが、現在のゴールドの「オムニテックインフィニティ」は、そこからさらに40パーセントも保温力が増しています。 高橋:20%上がってから、さらに40%ですか! ものすごい進化ですね! それにシルバーよりもゴールドのほうが見た目にも暖かそうに感じます。 岩瀬:当初、シルバーのオムニヒートには抵抗感を覚える人も多かったらしいんですよ。じつは店頭どころか社内でも。だけどゴールドはすんなり受け入れられているみたいです。みなさん、銀よりも金が好きなんですね(笑)。 高橋:このメタリックなパターンには意味があるんですか? 岩瀬:じつは、とくに意味はありません。どんな模様でもいいんです。意味があるのはメタリックな部分の面積。もちろん広ければ広い分だけ反射率が上がって暖かくなるのですが、広すぎると蒸れやすくなる。そのバランスが難しいんです。 高橋:オムニテックは、いまやコロンビアの“顔”ともいえるテクノロジーですよね。今後もますます進化していきそうで、期待しています。コロンビアの「保温機能」は、エベレスト登頂にも貢献
高橋:さて最後に“あれ”を見せてもらってもいいですか? 登山家の近藤謙司さんがエベレスト登頂のときに使った「サミットアタックウェア」! これはコロンビアの保温技術の集大成ですよね。2013年から共同で開発されているそうですが、今年2024年の最新作もブルーとレッドというインパクト大のルックスで、すごく温かそうでした。-30℃にもなるエベレスト山頂でも大事な命を守るんですから、その保温力は間違いないでしょう! 岩瀬:ジャケットにはポーランド産800FPホワイトグースのダウンが封入され、裏地にはオムニヒートインフィニティが使われています。おもしろいのは、あまりに寒すぎるから表地に防水性が必要ないこと。 高橋:水分はすべて凍っちゃいますからね! 岩瀬:チンガードをスナップで固定できるようにしたり、袖にはウォッチウインドウをつけて時計を見やすくしたりと、近藤さんのさまざまな要望もプラスされています。 高橋:これ、僕も一度試してみたいところですが、-30℃の場所に行くことはないですから、どこで着ても暑すぎて大変そう! 岩瀬:必要な人は少ないでしょうし、スペア含め、20着しか作っていないんです。市販すれば20万円以上になるはずですよ(笑)。 高橋:僕はシルバーのオムニテックは使ったことがあるのですが、ゴールドのオムニテックインフィニティは未体験。サミットアタックウェアはともかく(笑)、僕にはこれからの季節、ブーローポイントIIIダウンジャケットあたりがよさそうです。Text:高橋 庄太郎 Photos:大石 隼土