プロアングラーとして、全米バスフィッシングトーナメント最高峰の『B.A.S.S. バスマスターエリートシリーズ』で戦い続ける、コロンビア・スポンサードアスリートの伊藤巧さん。異国での挑戦4年目を終えたところで、今シーズンの戦果、着用ウェアのこだわり、そして来季にかける思いをたずねました。
昨年2021年には全米バスフィッシングトーナメントの最高峰に位置づけられる『B.A.S.S. バスマスターエリートシリーズ 2021』で見事優勝を果たした
プロアングラー・伊藤巧さん。WITH OUTDOORで2回目となる今回のインタビューでは、引き続きアメリカで挑戦を続ける伊藤さんに2022年シーズンを振り返ってもらいました。 前回インタビューは
こちら
▲プロアングラー・伊藤巧さん
最上位シリーズでマークされる選手に
──まず、これまでの経緯を紹介させてください。伊藤さんが挑んでいるのは、歴史・規模ともに全米最大級団体の『B.A.S.S』が開催しているバスフィッシングトーナメントです。2019年に渡米、翌2020年にはトップ100のアングラーだけがエントリーできる『バスマスターエリートシリーズ』に昇格し、年間23位に。2021年は最終戦で優勝して16位。そして2022年は13位。着実にランクアップして終わった今季は、どんなシーズンでしたか? エリートシリーズ3年目という点では、行ったことのある場所が増えたのが大きいです。フィールドの特徴や魚の癖がだいぶわかってきました。もう一つ実感できたのは、知名度の向上です。昨年の最終戦で優勝してからの今シーズンだったので、どこに行っても“TAKU”と呼んでもらえるようになりました。特に選手からのリスペクトを感じられるようになったのはうれしかったですね。ランキングも昨年より上がったので、全体的には悪くなかった1年だったと思います。
──おっしゃる通り年間ランキングは上がりましたが、シリーズの最上位は3位で、トップテン入りは1戦のみ。昨年は優勝を含めトップテン入りが3試合ありました。この違いは? 得意分野を研究されたようです。僕にとって有利なのは、北部で開催されるスモールマウスバス(ブラックバスの一種)をターゲットにする大会です。そこでは、力任せではない、日本で培った繊細な技術が生かしやすい。ですが今シーズンになり、スモールを克服しようとするアメリカ人選手が増えてきました。
──マークされたということですか? そうですね。アメリカの選手はおおむね体格とパワーが武器ですが、強い人は器用ですから。それに向こうの大会はテレビ中継もあるし、いつまでも個人のテクニックを隠し通せない。だからやはり、僕自身が新しいことに挑んでいかなければなりません。みんなバスフィッシングを仕事にしているプロなので、競争は厳しいです。
──それもまた年々実感が高まる部分なのでしょうね。 そうですね。あと、大きなトラブルにも直面しました。3戦目の練習初日で、毎年新調するバスボートに大穴を開けてしまいました。
──大穴って、開くものなんですか? 波と逆光で、水面から10㎝ほど顔を出していた木が見えなかったんです。それに直撃して、人生初のボート全損。開催地のサウスカロライナから自宅があるジョージアまで片道700㎞走って、昨年使っていたボートを取りに帰りました。
──700㎞も? アメリカでは近いほうですよ。もっと遠い場所での開催はいくつもありますから。
アメリカでの釣り方を高次元でできる自信もついてきたが……
──2022年の戦績でもう一つ。シリーズランキング50位以内の選手が招待される、年1回開催のバスマスタークラシック。3月に行われた今年の大会は7位でした。 クラシックは、僕にとってラスボスみたいな大会です。今回は、日本には生息していないスポテッドバスがターゲットでした。スモールマウスバスに近い魚なので、僕にもチャンスがあるだろうと思っていたんです。他の選手も優勝候補の一人に僕の名前を挙げてくれたくらいですから。でも、今一つハマりませんでした。
──YouTubeチャンネル『BASSFLIX』で今年のクラシックの様子を見ましたが、動画の中で何度か「獲りたい魚がいる」と言っていました。広大なフィールドで獲りたい魚を限定できるものなんですか? 目視できる場合もあれば、魚群探知機で確認できる場合もあって、あのときは春の産卵期で大きくなっているメスのことを言っていました。桟橋の下あたりで、割とじっとしているんです。そういう生態は事前に調べていきますが、何しろ生き物相手なので、フィールドに立ったときの感覚が大事ですね。そのあたりもシチュエーション別の経験値が上がってきて、アメリカでの釣り方を高次元でできる自信もついてきました。それでも7位じゃ、ね……。すごく難しい大会だけど、クラシックは優勝以外に何の意味もありませんから。
細部まで作り込まれたPFGの伊藤巧モデル
──今日は、伊藤さんが今シーズン着用したプロトタイプサンプルのウェアを持ってきていただきました。細部までかなりこだわっているそうですね。 コロンビアが細かい注文に応じてくれるので助かっています。まずは3層構造の素材。強度と耐水性に長け、なおかつ湿気を外に逃がしてくれる、実に快適なマテリアルです。
▲(左)『コールドスパイダーⅢレインパンツ』¥38,500(税込)、(右)『コールドスパイダーⅢジャケット』¥39,600(税込)
袖のカフスはベルクロテープ付きにしてもらいました。袖口から水が入ると体温が下がってしまうので。
特に気に入っているのは、襟元の仕掛けです。雨が降るとフードを被り、襟のファスナーを口元まで閉めるんですね。その際、偏光のサングラスをかけていると、どうしても曇ってしまう。それをなくすため、襟の最上部の裏側から下に息が抜けるダクトを設けてもらいました。
──そんなダクト、他のコロンビア製品にあるのでしょうか? 僕のフィールドに適した専用設計だと思います。パンツも特別で、今回はオーバーオール式を選びました。アメリカの釣りではポピュラーのスタイルで、腹や背中が冷えなくていいんです。ただ、ショルダー部分に体に当たるパーツがあると肩が凝ってしまうので、ショルダーベルト全域にベルクロテープを備えて、どこでも留められる設計にしました。腰回りでベルト自体が外せる工夫も施してあります。
──まさに伊藤巧モデルですね。 ほぼこのままの仕様で、2023年春には
PFG(Performance Fishing Gear)シリーズの新作として発売される予定です。藪が多い岸釣りでもハードに使えます。僕も発売が楽しみです。 ※取材当時
あと10年トーナメントプロでいるために
──最後に、間もなく始まる2023年シーズンの抱負を聞かせてください。 毎年変わらないのですが、目標は年1回優勝。それから生涯の目標も、これまでと変わらず一生かけてクラシック制覇です。
──それほどにクラシックは特別な大会ですか? 僕がアメリカを目指したのは、子どもの頃に遊んだ釣りゲームの舞台がクラシックだったからなんです。そこで勝つために人生を賭けているので、もし優勝できたら即隠居。畑でもやろうかなと。
──畑ですか? 畑はたとえ話ですが、隠居はあるかもしれません。何しろクラシックは、ライフチェンジャーと呼ばれるほどの、一生暮らせる賞金が手に入るビッグイベントですから。一方で、優勝経験者の数が少ないのもクラシックの特徴です。同じ人が複数回勝っている。それは、まぐれが通用しない事実を示しているんです。
──だからこそ実力を示す意味でも勝ちたいと。ですが、優勝したら本当に隠居できますか? どうだろう……。そうなったらいいと思っていますが、今自分が身を置いている試合の環境、非日常的なストレスの現場は、かなり刺激的なんですよね。だから、相応のコストがかけられる。そこから抜け出せるかどうかは、クラシックで勝ってから改めて考えます。刺激的とは言いつつ、今年は決して安くないボートを全損させてかなり大変だったのですが。
──心中お察しいたします。来季は、新しいボードでエントリーですか? はい。年内中にはアメリカに戻り、すべて自分で仕上げて臨みます。それと来季に向けて、帰国中にレーシック手術を済ませました。0.03だった視力が2.0。すごく見えるようになりました。
──それは大改善ですね。 先を見越しました。40代半ばには老眼になるから、あと10年トーナメントプロでいるために今やっておくべきだろうと。予想できる変化にはちゃんと準備しておきたいです。でも、まだ用意できていないのは伊達メガネ。メガネキャラで通してきたので、ただいま全力で探しています。
PROFILE
伊藤 巧(いとう たくみ) 国内で数々の功績を収め、 2019年より本場アメリカのB.A.S.S.ツアーに参戦、参戦初年度にしてバスマスター・セントラルオープン年間4位となる。2020年は最高峰であるエリートシリーズへ昇格し、2021年はセントローレンスリバー戦で見 事優勝を果たす。日本のみならず海を渡ったアメリカでも偉業を成し遂げるプロアングラー。 Twitter:
@takumi_no_oheya Instagram:
@takumiitou4663
Text:田村 十七男 Photos:大石 隼土