中部山岳国立公園内であり、北アルプスの南端・乗鞍岳の裾野に広がる乗鞍高原は、標高1,500mに位置し、登山やウィンタースポーツの拠点でありながら暮らしが営まれてきた場所だ。そんな乗鞍高原に魅せられ、この地で生活や仕事をしながらアウトドアライフを満喫している人々にフィーチャー。第6回は、乗鞍高原を拠点にアウトドアツアーや講習を行う「リトルピークス」代表の小峰邦良さんに、フィールドとしての乗鞍高原の魅力やガイディングにおいて心掛けていることについて伺った。
乗鞍高原は日本版「フルライフ」を味わえる場所
厳冬期の2月某日。テレマークスキーを履いた小峰邦良さんは、乗鞍岳頂上付近の斜面を力強くスピーディーに滑り下りて行った。当日バックカントリーツアーに参加したメンバーの技術や経験を考慮して選ばれた斜面は、なだらかで雪の量が比較的少ないポイントだったが、それでも小峰さんがターンをするたびに粉雪は舞い上がった。 小峰さんは、乗鞍高原を拠点としアウトドアのツアーや講習を行う「リトルピークス」を2014年に設立。6~7名のスタッフとともに、四季を通じて乗鞍高原周辺の大自然の遊び方を提案している。 「会社としては、川や山、子ども向けキャンプなど色々やっているんですけど、僕自身に関しては、冬はバックカントリーほぼ専門で、春は“リトルピーカー”と呼んでいる常連のお客さまを連れた縦走ツアー、沢登り、山菜採り、イワナ釣りなどをやっています」 自身のことを「PJ (パウダージャンキー)」と名乗るほど、非圧雪の斜面が広がるバックカントリーでのスキーに魅せられているという小峰さん。 「白馬や水上にいる仲間のガイドからは『ミネ、よくあんな簡単な山でガイドしてるな』って言われたときもありましたが、僕は逆に乗鞍が日本で一番簡単に登れる3,000mであり、裾野が広いからこそガイドができていると感じています。スタッフひとりひとりの得意分野を活かせるのも、入口として一番来やすいアルプスだから。乗鞍には、そういうポテンシャルを感じています」 乗鞍高原に魅せられている小峰さんには、本から学んだある価値観がベースにある。 「信州広しといえども、ここ程病院が遠くてコンビニもない、信号もない、消防も警察もいない、という地域は少ないですよね。僕は学生の頃、カヌーイスト野田知佑さんの著書のなかで書かれていた『フルライフ』っていう言葉が好きで。『1日1日、指先から頭の先までフルに使わないと生きていけない』というような意味合いなんですけど、その日本版フルライフが乗鞍にあると感じています。フルライフを求めて、大都市に住むアメリカの人々がアラスカという何もない場所へ自分の実力を試しに行く。アラスカへしょっちゅう出かけていた野田さんの、こうした人々との出会いが本のなかで描かれていて、素敵な言葉だなと頭のなかにずっと残っていたんです」 そんなフルライフな環境にある乗鞍高原へ移り住む際、家族にとっては戸惑いもあったようだ。 「乗鞍高原に住む前は麓の波田に住んでいました。かみさんも僕と同じ埼玉出身なんですけど、当時は『こんなところに住むのか』と泣いていましたね(笑)。今では、奥さん同士の強いネットワークなどもあり、ここでの生活を好いているようです。あと、越してくるときにうちのかみさんが一番心配していたのが病院だったんですよね。でも病院に行かない生活もアリなんだとわかりました。ここのおじいちゃんたちって、寝たきりになるよりも、ギリギリまで全身で動いてボコッと死んでいくみたいな人が多い。やっぱり、そういう生きざまに憧れます。なんだかんだ言いながら、ここが便利になることを求めていない層が、乗鞍の根底を支えているんじゃないかな。不便を楽しみながら、みんな生きているっていう感じですね」身近な自然に関心が持てるようなアウトドア体験に
リトルピークスでは、夏にはシャワークライミング、梓湖でのSUP体験やラフトツーリング、冬にはスノーシューやネイチャースキー、バックカントリースキーなど幅広いアクティビティをプログラムに盛り込んでいる。しかしながら小峰さんは、これらを「アクティビティ」と呼ぶのは好きではないと話す。 「元々は、ラフティング、洞窟探検のケービング、シャワークライミング、登山などのガイドをしてきたんですけど、ガイディングというものが、ただの行為に思えたときもあって……。でもその行為の先の何かっていうのが大事だと気づきました。僕らがガイドすることで、お客さまが非日常を楽しめたり、日常生活での価値観を変えたりすることに繋がればいいなと。例えばアクティビティとしてスキーだけやっていても、自然を身近に感じることってあまりないと思うんですよね」 小峰さんは常日頃から「ガイド業は教育業だ」という考えをもち、それをスタッフにも伝えているそうだ。ツアーのプログラムは上げ膳据え膳ではなく、たとえばラフティングボードを並べるところから参加者にやってもらうなど、参加者が行為における起承転結を体験できる内容となっている。 「東京にも僕の地元の埼玉にも、いい自然は身近にいくらでもあります。僕らのツアーを通して何かを学んでくれれば、都会の人々だって身近な自然で楽しめるようになるはず。一番怖いと感じるのは、身近な自然に無関心になってしまうこと。これは都会だけでなく乗鞍高原の人々にとっても同じことで、そうならないように、家族、授業を受ける子どもたち、ツアーの参加者に対して、行為の先の何かを感じ取ってもらえるように僕たちが心掛ければ、自ずと関心を持ってくれるんじゃないかなって思っています」自然のリズムに沿って過ごす小峰さんの一日
「仕事がある日、僕は大体朝4時に起きています。それから約30分ストレッチして、コーヒーを飲んで、6時から1時間だけ死ぬ気でPC作業に集中(笑)。7時頃に出社して、レンタル品などの準備をしてお客さんを迎えます。バックカントリーのツアーは大体3時半~4時に終わるので、その後はまた事務処理をして、6時頃にはビールを2~3秒で飲み干し、焼酎お湯割りを2合ほど……(笑)。7時半に飲み終わって娘と遊んだりしていたら、8時半には寝落ちしてしまいますね」 小峰さんはまさに、自然のリズムに合わせた規則正しい生活を送っている。一方オフの日には、愛娘や愛犬を連れてのんびり自然と触れ合うことが多いようだ。 「仲間に『山行きましょう、攻めましょう』と言われたら嫌々行ってますけど(笑)。本当のオフだと、秋だったらキノコ採りに行くのが好きですし、春だったらイワナ釣りや山菜採り、あとは割と海に行ったり、娘と麓のゲーセンに行ったりとか。俗なこともしながら過ごしています。ガイドとしても、そういう俗な会話の引き出しがある方が楽しいかなって」 10年近く乗鞍高原を拠点に活動し、フィールドを知り尽くしている小峰さん。最後に、乗鞍高原にあるお気に入りのスポットを伺った。 「よくうちのスタッフとも行きますけど、乗鞍の最奥に前川っていう川があって、それがめちゃくちゃ綺麗でいい川なんですよ。その川に行くと、魚が釣れても釣れなくても楽しいですね。岐阜県には長良川水系っていう、とにかくすばらしい川があるんですけど、前川はその水系の川に似ている気がします。もうひとつはうちの家の周りにある、小さな名もなき池や、名もなき広葉樹の林ですね。そこは、観光客の人たちはまず歩かない場所で、家族や犬と歩くのがすごく好きです。娘の登下校の道も好きで、春だったら娘とワラビを採って帰ってきてアクを抜いて食べたりします。乗鞍の住民って、なんでもないところなんだけど好きな場所を、みんな持っていると思うんです」PROFILE
Text:松元 麻希 Photos:衛藤 智