アウトドアシーンではもちろん、梅雨の時期になると特によく耳にする“防水透湿”という言葉。しかし、その意味や特性を正しく理解できていない方も多いのではないでしょうか。そこで今回は山岳ライターの高橋庄太郎氏をインタビュアーに招き、コロンビアアパレル商品部の岩瀬さんに、防水透湿の基礎知識から、マニアックな開発の裏話、コロンビアウェアの特性まで、じっくりお話を伺いました。
ここは東京某所、コロンビアのオフィス。コロンビアはアメリカのメーカーですが、日本から生まれる発想や素材も活かして商品開発は行われています。そのために、東京のオフィスではときおり“Iwase塾”なるものが開催され、さらに優れた製品を生み出すための最新技術や知識の共有の場となっているそうです……。なお、塾長であるという“Iwase”とは、アウトドアウェアに関することなら素材からデザインまで、すべてを知り尽くしているコロンビアアパレル商品部の岩瀬英祐さんのこと。今回はコロンビアのウェアの素材として最重要ポイントともいえる“防水透湿”について、山岳/アウトドアライターの私・高橋庄太郎が話を伺いました。まずは確認しよう! “透湿性”と“通気性”の違い
岩瀬:梅雨が近づいてきましたね。 高橋:そして、蒸し暑い夏が! 雨が多い日本では、レインウェアをはじめとして“防水透湿”機能が非常に重要だといわれています。でもこの言葉、正確には“防水”と“透湿”という2語がひとつになったものですよね。そのなかで、“防水”は液体としての水を遮断するということでわかりやすいと思います。布地の表面を、水を通さないなにかでベタっと覆ってしまえば簡単に“防水”生地になっちゃいますし、極端な話、裏に金属を張り合わせても防水性の生地になる。その点、“透湿性”っていうのは難しくて、意外と誤解されていますね。さらに透湿性と似ている言葉に“通気性”というものもあり、“透湿性”と“通気性”の区別も曖昧だったりして、わかっているようで、わかっていないというか。 岩瀬:そうなんですよ。“透湿性”と“通気性”は混同している人が多いですね。 高橋:どのように混同していて、実際はどう違うのでしょうか? 岩瀬:防水ウェアに使われている生地は主に織物なので、縦糸と横糸が重なってできていますよね。その縦糸と横糸のあいだには必ず隙間があり、風が通る。つまり“通気”するんです。でも、防水素材っていうのは、生地の裏側に防水性の膜というか壁を作ってしまうため、それが原因で通気が遮断されてしまう。風が通らなくなっちゃうんです。そこで、“通気性がなくても汗によって生まれる蒸気は外に流し出す”機能が“透湿”というわけです。なんというか、織物である生地が本来は持っていない“防水”という機能を加えることで阻害されてしまった通気性の代わりに、人工的に加えた機能が透湿性ということになります。 高橋:なるほど。僕はレインウェアの機能の説明をするときに、透湿性がある生地について、次のような書き方をすることがあります。「透湿性がある生地にはものすごく細かな孔があいている。そして“水”というものは、汗や雨といった“液体”のときは分子が大きく、それらが“気体”になった蒸気のときは分子が小さい。だから、生地の孔は“液体は通さない”けれど、“気体は通す”という絶妙な大きさのとき、“透湿性”が発揮される……」といった感じです。ただし、これはすべての透湿性の生地に当てはまるわけではなく、例えばゴアテックスなど、あくまでもそういう構造になっている生地に対しての説明ですが。“多孔質”と“無孔質”で性質が違う防水透湿素材
岩瀬:その説明は、透湿性の生地のなかでも、いわゆる“多孔質”のメンブレン(膜)を使っているもののことになりますね。でも、“無孔質”のメンブレンもありますから、先ほどの説明がすべての透湿性の生地に当てはまるわけではありません。 高橋:“無孔質”メンブレンが蒸気を通すメカニズムって、岩瀬さんならうまく解説してくれそうですね。 岩瀬:多孔質と無孔質メンブレンは、透湿の原理がまるっきり違いますが、それを知っている人は本当に少ないんです。乱暴な言い方をしちゃうと、無孔質メンブレンというのは吸水シートみたいなもの。蒸気をダイレクトに通すんじゃなくて、いったん水を吸って、それが乾燥するときに外部に蒸気が発散されていくというイメージです。 高橋:多孔質メンブレンは膜という壁が存在していないかのように水蒸気が発散されるのに対し、無孔質メンブレンは膜で水蒸気の動きがいったん止まるということですね。直接的に発散するか、間接的に発散するかの違いといえるのかもしれません。やはり多孔質のほうが透湿の機能性は高そうです。 岩瀬:多孔質と無孔質は性質が大きく違います。そして無孔質メンブレンと多孔質メンブレンは、過酷に使うとその違いがけっこうわかります。 高橋:それはどうしてでしょう? 岩瀬:先ほど、無孔質メンブレンは吸水シートのようなものだといいました。無孔質メンブレンは気体の状態である水蒸気よりも水を吸収するほうが得意なんです。逆に多孔質メンブレンは水蒸気を透過させることが得意という異なる性質を持っています。なので、試験方法もそれぞれ違って、無孔質は水から直接透湿した水分の量を計測します。一度メンブレンが水を吸収して、乾かす形で外側に放出するという具合です。そのときの条件は室温30℃、水温23℃で15分間の測定です。一方、多孔質は空気中から水分を透過させます。条件は室温40℃、湿度98%で1時間の測定です。このように両者はまったく違うことを測定しているのですが、どちらも同じ透湿性として「◯g/㎡/24hrs」という単位で表示します。多孔質メンブレンの場合、10,000gあると優秀だなという印象ですが、無孔質メンブレンの場合は普通に15,000gとか20,000gという数値が出てしまいます。 ちょっとおかしいと思いませんか? 測定時間は1時間や15分です。どうして24時間の表記になるのでしょう?要は、それぞれ1時間の結果、15分の結果を24時間になるように掛け算をしているんです。多孔質はまだわかりますが、無孔質の場合はちょっと無理がある気がします。無孔質は一度吸水しますが、どんなに優秀なメンブレンでも吸水量には限界があります。15分間の吸水量を24時間同じペースで吸収し続けることは不可能です。吸収した水分は徐々にメンブレンから外気へ放出されますが、吸収のペースよりは遅いはずです。無孔質は水分を吸収するスピードが速いので、吸収し続けているうちは快適に感じるかと思います。 高橋:水を吸い続けているうち? 岩瀬:無孔質メンブレンは水分の放出速度より吸収速度が速いのでいずれ吸水量の限界に到達します。その後は急激に吸収速度が落ちるのでウェア内が蒸れ始めてきます。グラフにすると急激な右肩あがりから、横ばいに近い緩やかな線になる感じです。その点、多孔質メンブレンならば、いつまでもスムーズに水蒸気を発散し続けます。真夏のようにウェアの外の空気の湿度が高いと多孔質メンブレンでも効果は薄れますが、それでも長時間着用し続けると無孔質メンブレンよりは内部の湿度が低くなっているはずですよ。 高橋:だけど、無孔質メンブレンにも長所はあるんですよね。 岩瀬:真夏など汗で皮膚がべったり濡れているような状態だと吸水が苦手な多孔質のほうがベタッとした感じになりやすい面はあります。その点、無孔質は汗を直接吸い取ってくれますから、ある程度までの時間ならば肌がべとつかないのです。真夏は無孔質に軍配が上がるかもしれません。その性能を変化させる、さまざまなメンブレンへの加工
高橋:ここまで多孔質と無孔質の違いを話してきましたが、どちらのメンブレンも作り方や構造によってさまざまな種類がありますし、性能も上下してきたりします。メンブレンの表面に張り合わせる生地によって耐久性も変わりますし、裏面は表面以上に多様な加工があったりして。 岩瀬:メンブレンの表面に布地を張り合わせただけのものが、いわゆる2レイヤー(2層)ですね。この場合、裏は傷みやすいメンブレンが露出しているので、別途、裏地が必要になります。そこで、メンブレンに耐久性を高める加工を施して、裏地を不要としたのが2.5レイヤーで、軽い製品が作れます。そして、表面だけではなく裏面にも布地を張り合わせていっそう耐久性や肌触りのよさを高め、そのままでも着やすいのが3レイヤー。でも生地は重くなります。また、2.5レイヤーを進化させて、3レイヤーに近付け、着心地をよくした2.75レイヤーも生まれています。用途や目的に応じて、最適な素材を考えなければいけません。 高橋:たしかに、僕もこれまでいろいろなレインウェアを着てきましたが、同じ防水透湿性の生地を使っているはずなのに、機能性が高いものもあれば、それほどでもないものもありました。 岩瀬:溶剤(樹脂)そのものの種類によって、性能が変わってくるんです。その種類によって、製造方法もコーティングやラミネート(接着)などと変わりますし、性能だけでなく風合いにも大きな違いがあり、それぞれに特徴があります。慣れてくると製品を見ただけで、どんな製法でどのくらいの性能かがわかるようになりますよ。 高橋:しかも、透湿性がうまく発揮されるかどうかは、内部に着るベースレイヤーなどとのレイヤリングの相性や表面の撥水性がキープされているか、といったことにも左右されますよね。いやはや、ウェアの透湿性の話って、奥が深いな~。 岩瀬:こういうことなら、いくらでも話せますよ(笑)。 高橋:さすが塾長! ところで、コロンビアの防水透湿性素材といえば、多孔質メンブレンを使った『オムニテック』ですよね。 岩瀬:基本的にはポリウレタン系樹脂のメンブレンです。ただ2.5レイヤーだけは無孔質を使用するルールになっています。2.5レイヤーの肌面の大部分はメンブレンが露出しています。多孔質メンブレンの場合、無数の小さな孔の中に皮脂汚れが詰まってしまうことがあります。2.5レイヤーの襟元あたりが黄ばんだり、グレーっぽく変色したりした経験を持つ方も多いと思います。この問題は多孔質のみで発生するため、2.5レイヤーだけは無孔質メンブレンを採用しています。また最近はウレタン系メンブレンだけではなく、ポリエチレンメンブレンも採用しています。コロンビアを代表する『オムニテック』のウェア類
高橋:オムニテックを代表する最新のウェアはどういうものになりますか? 岩瀬:ハイク・カテゴリーのなかに『マウンテンズ アー コーリング』シリーズがあり、それが現在のハイエンドです。自分がいま担当していますが、絶対に自分でフィールドテストに行って、納得できないものは採用せず、製品化しないことにしているんです! 高橋:岩瀬さんがご自分でフィールドテストに! それは間違いないですね。で、これが『マウンテンズアーコーリングⅣジャケット』ですか。 岩瀬:本来は無雪期の標高3,000m級の山や長期縦走で使ってもらうために開発しましたが、これはもっと過酷な環境でも試してみたいと、冬の八ヶ岳でも徹底的にテストしましたよ。20㎏ほどのテント泊装備を背負って、かなりの汗をかきましたが、すごく湿気が逃げるので、稜線に出るまでベンチレーションを使う必要はなかったほど。通気性が良いメンブレンなのでじっとしていると寒いくらいで(笑)。この透湿性の高さはハンパないです。それに、最近大きな話題になっているPFAS(有機フッ素化合物)が使われていないポリエチレンメンブレンで、環境に配慮しながらも高機能になっているんです。ちなみにコロンビアは2024年の春夏の製品から、撥水加工は全てPFASフリーです。 高橋:ほう、それはすごい! いまやPFASの問題は避けて通れないですしね。PFASフリーというのは、今後の防水透湿素材の大きなキーワードでしょう。避けては通れない“環境”への配慮
高橋:で、次のこちらは……。 岩瀬:コロンビアには低山から高山まで幅広い登山に向けた『エンジョイマウンテンライフ』というハイクコレクションもあり、これはそんなシリーズを代表する『エンジョイマウンテンライフジャケット』です。 高橋:シリーズ名がそのままウェア名になっているくらいだから、まさに代表的なモデルなんでしょう。それにしても、透湿性とは関係ありませんが、こういうナチュラルなアースカラーは人気ですね。 岩瀬:『エンジョイマウンテンライフ』シリーズは、タウンユースでも着られることを意識していて、落ち着いた色を展開しています。今はレインウェアを街でも着たい人が増えていますし、実際フィールドよりも街で着る回数のほうが大半の人は多いですから、このような日常生活でも使いやすい色のほうが満足感を持ってもらえると思います。 高橋:その感覚、わかる気がします。そういえば『エンジョイマウンテンライフジャケット』は『TORAIN』のウェアなんですよね。(※メンズモデルのみ) 岩瀬:はい。『TORAIN』はポリカーボネート樹脂による多孔質コーティングです。オムニテックのようなポリウレタン系樹脂のメンブレンはどうしても経年劣化するのですが、このコーティングによって長く着られるようになっています。 高橋:このところアウトドアウェアは値上がり続きですが、長く着られるうえに買いやすい値段というのはうれしいですね。『アウトドライ』という防水透湿素材も採用
岩瀬:コロンビアにはオムニテックだけではなく、別の防水透湿素材のレインウェアもありますよ。これは『アウトドライ・エクストリーム ワイルドウッドシェル』で、その名の通り、『アウトドライエクストリームエコ』というテクノロジーを使っています。メンブレンが表側に使われ、裏側は通常ならば表に使われる基布素材になっているんです。この生地は撥水加工をしていないので、生地そのものが汗を吸ってくれます。 高橋:表面が防水透湿メンブレンということは、表地ですら水を吸い込むことがないということですね。それにメンブレンを表面に使ったことで、本当ならば縫い目が表側に出てしまっているはずですが、そこはシームテープで処理して防水性を完璧にしている。 岩瀬:いちばん外側で水の侵入を防ぎます。それでいてデザイン上のアクセントにもなっています。 高橋:それにしても、この生地は柔らかいし、ストレッチ性にも優れていますね! 岩瀬:これ、リサイクル・ポリエステルなんですよ。 高橋:やはり今は、環境に配慮したモノ造りの視点は欠かせないんですね。 岩瀬:このような製品開発は本当にやりがいがあります。これを見てください! 先ほど『TORAIN』の話をしましたが、じつはこんなサンプルを作ったこともあるんです。 高橋:なんだ、これ、すごいですね! 岩瀬:黄色っぽいほうが『TORAIN』のコーティングがしてあって、グレーのほうはなにもしていません。 高橋:コーティングしていないほうは裏側がボロボロになっていて、シームテープも剥がれちゃっていますね。 岩瀬:1週間で10年分の経年劣化を人工的に作り出すことができるという特殊なテストをしたら、これだけの違いが出てきました。実は『TORAIN』だけではなく、『マウンテンズアーコーリングⅣジャケット』のポリエチレンメンブレンも経年劣化に強いので、同様のテストサンプルを作ってみたいと思っています。 高橋:これが『TORAIN』の実力なのか!『マウンテンズアーコーリングⅣジャケット』と『エンジョイマウンテンライフジャケット』はPFASフリーで、『アウトドライ・エクストリーム ワイルドウッドシェル』はリサイクル・ポリエステル製と、どれも単なる防水透湿素材のウェアなのではなく、環境面も考えて、もうワンランク上の製品を目指しているのがすばらしいと思います。 岩瀬:新しい素材やウェア開発の話はまだまだあるんですよ。ここだけでは説明しきれないほどで……。 高橋:これからますます高機能なウェアが登場してきそうですね。僕も“Iwase塾”に入って、もっとウェアの機能性について勉強したくなりました(笑)。Text:高橋 庄太郎 Photos:大石 隼土