幻の熊野古道――
和歌山県の高野山から龍神村を経て熊野本宮大社へいたる道「奥辺路(おくへち)」は、この地でそう呼ばれている。古くから修験の道として歩かれ、近年再生したこの道を、マウンテンハードウェアアスリート3人が1泊2日のライト&ファストハイクスタイルで旅した。
古くて新しい道“奥辺路”の魅力
熊野古道とは、全国に約三千社ある熊野神社の総本山・熊野三山へいたる参詣道の総称だ。奥辺路(おくへち)もかつては修験の道として歩かれた歴史ある参詣道だが、世界遺産にも登録された3つの古道と異なり、その存在は長く忘れられていたという。龍神村では2018年以来、町おこしを担う若い世代が中心となって奥辺路の道普請(トレイルの補修)を行い、ツアーを組むなど観光資源化に取り組んできた。その中心的な役割を担ってきたひとりが、トレイルランナーでマウンテンハードウェアアスリートの中川政寿だ。
中川はこの道の魅力をこう語る。
「グリーンシーズンはスギ林の山並みがきれいで、秋になるとブナの原生林が美しく紅葉します。冬には樹氷も見られ、大展望が見られるポイントもいくつもあって、最後は熊野本宮大社へ。四季それぞれの景色を楽しみ、歴史も感じられるトレイルです」
奥辺路の魅力を知ってほしい。そう話す中川をホストに、テレマークスキーヤー・上野岳光とクライマー・野村英司を迎え、古くて新しいこの道を1泊2日のファストハイクスタイルで歩いた。
ライト&ファストで欲張りに楽しむ
荷物を軽量化し、動きやすいウェアで長距離を歩く今回の山旅に選んだのは、軽く、アクティブなシーンに最適な通気性と速乾性を備えた『MOUNTAIN SPEED』コレクション。ときに飛ぶように駆けながらも、会話が弾み、笑顔が絶えない道中になった。今回のルートは、丹生ノ川(にゅうのがわ)から尾根通しに奥辺路を進み、熊野参詣道として知られる小辺路(こへち)へ合流して熊野本宮大社へ下る約20km。小辺路に合流してから先は世界遺産エリアだ。原生林のトレイルを味わい、夕日を眺め、テント場で星空を満喫し、ナイトハイクをこなして朝日を迎える。そして地蔵が迎える熊野古道らしい参詣道へ。中川は「この道のいいところを詰め込んだ欲張りな計画」だと笑う。
「普段お客さんを案内するときはここまでできないけれど、二人ともプロのアスリート。ちょっとくらい無茶をしてもいいかなと思った通り、余裕しゃくしゃくでついてきてくれました」
上野にとって、このエリアを歩くのは初めてのことだった。普段は長野県・野沢温泉村を拠点にする。
「長野も山深いけれど、山並みや木々の様子が全然違う。同じ日本だけれど、全く別の山でした。日本の景色の奥深さを感じました」
一方の野村は、母の実家が龍神村に近いという。奥辺路はもちろん、熊野古道を歩くのも初めてだったが、なじみもある。
「やっぱりこのあたりの山は広葉樹が多くて、きれいですね。それに、中川さんの案内でこんなにもコアなルートをあるけるのかとワクワクしました」
3人が起こす化学反応
アウトドアのプロフェッショナルである3人だが、活躍の舞台はそれぞれ異なる。トレイルランニングを主体に活動する中川、テレマークスキーヤーでグリーンシーズンにはマウンテンバイクガイドもこなす上野、そして、気鋭の若手ロッククライマーである野村。いわば異業種のアスリートが集ったことで起きた化学反応もある。中川は言う。「別のフィールドで活躍するアスリートと一緒に山を歩くのは初めての経験でした。長野の野沢温泉村で地域密着型のガイドとして活躍している上野さんの話しは自身の活動の参考になったし、野村君のクライミングのエピソードも刺激的だった。本当に濃い2日間でした」
上野もこう続ける。「僕は生まれも育ちも野沢温泉村で、ずっと野沢をフィールドに活動しています。ひとつの地域に密着しているのは中川さんと共通するけれど、中川さんはIターンで龍神村に移り住んで活動を続ける“フロンティア”です。開拓者としての生きざまはとても尊敬します」
若い野村にとっても、二人から多くの刺激があったという。「これまで、どうしても数字でわかる成果を求めすぎていたと思う。アウトドアをテーマに多様な活動をする二人の姿勢や考え方に触れて、もっといろいろな角度からクライミングを楽しめるんじゃないかという考え方を持てました。自分の活動の幅も広げられそうです」
そして、今後への期待も膨らむ旅だった。中川の言葉が印象的だ。
「今回は僕が活動するフィールドに来てもらって、僕のスタイルで山を歩く。いわば僕の“自己紹介”でした。次は上野さんの野沢温泉村に行ったり、野村君と岩登りをしたり、ふたりの“自己紹介”を味わいたい。交流が始まって、続いていくというワクワクを感じた旅でした」
それ、いいですね――。上野と野村の声が重なった。